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sampanchanya
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一つ前の記事にリンクを貼った、ミス地雷コンテストが中止となった。
中止に至る顛末は以下の通り。


7月30日、社会福祉省から文書にて開催中止を求める旨、勧告がある。
8月2日、同省、カンボジア国内での関連活動の禁止を通告。
8月3日、主催者であるMorten氏と省の担当者との話し合いが持たれたが、通告の撤回には至らず。
Morten氏は「政府の決定には大変失望している。活動再開の許可を求め、出来うる限り努力したが許可を得ることは出来なかった。」と語る。
8月4日、カンボジア国内での一切の活動の中止を発表。
また、カンボジア国内での予定していた活動の一切は取り止めにするが、WEB上での活動は通告外のこととして、12月3日の世界障害者デーまでWEB上の投票を続け、12月31日にミスの発表をするとしている。


この件に関して、関係各所の声明

政府広報官キュー・カンナリット氏は、3日、
「ミス地雷コンテストはカンボジアの地雷被害者に対する侮辱、嘲りの目を生む可能性のあるものであり、政府としてこのコンテストを支援することはできない。」と語る。

社会福祉省の次官、セーム・ソッカー氏は
「障害者の地位を向上させるには、障害者やその家族の貧困を解消させるだけでなく、同時に国自体を発展させる努力もしていかなければならない。
すべての障害者に権利を与え、社会に迎え入れることは、我々人民すべての義務である。
しかし各障害者自身においてもまた、社会に受け入れられ、権利を与えられる為の努力をすべきである。」
と、障害者問題に関して社会福祉省の見解を述べた。


足掛け2年調整を続けてきたという今回のコンテストが突然の中止に至った理由の実際は分からない。
政府側の利害(改善されつつある国のイメージが元に戻るのを防ぐため、人権保護に積極的であることを国際的に示すため、ポル・ポト裁判にさらに強く世界の目が向く事を避けるため等々)によるものか、主催団体の不手際によるものか、理由は幾らでも考えられるが、
その後の対応の状況や遅さ、発言(ミス候補者保護の意識の甘さ、国連に定められた基本的人権の自由に違反している等の発言)などを見る限りでは、主催者(団体)側に問題があったのではないかと私は感じる。
彼らは理想を求めるばかりでカンボジアという国の現況、実際を鑑みる事ができていなかった、主張を押しつけるばかりでカンボジアという国の人格を尊重しなかったのではないか。
また本国(オーストリア)と現地(カンボジア)のスタッフ間で、活動やその思想について完全に理解がし合えていなかったのではないか。その乖離の幅が2年の間に拡がっていき、結果、今回のような事態を招いたのではないか、という気もしている。


2006年にフン・セン首相は、貧困が現在の半分以下の水準になるまで、そういったこと(この当時に述べた対象は健常者の美人コンテスト)は認めないと声明を出している。
このことも無関係ではないかもしれない。
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